2013年の流行語大賞に「おもてなし」が選出されて以降、業界を問わず、接遇に対する意識が高まりました。医療も例外ではなく、 外部講師を招いて接遇研修を実施した、という医療機関も少なくないでしょう。
連載4回目となる今回は、医療機関における接遇とはどうあるべきかを考えていきます。
お辞儀の仕方や言葉遣いのようなテクニック論ではなく、院長が医療接遇をどう考えるべきか、医師・ スタッフに何を伝えていくべきかに焦点をあててご紹介します。
目次
患者離れかファンになるかは接遇次第
医師の対応・態度に対する不満は患者離れに結びつく
みなさんは、医師やスタッフの接遇が患者に与える影響を考えたことはあるでしょうか。
インターネット調査で、医療機関を変えたい=スイッチングしたい理由を聞いたところ「医師の対応・態度が不快だった」という理由が2番目に多くなりました。(図1)
医師の接遇は、患者を逃すリスクさえあります。
逆に好印象を与えれば貴院のファンは確実に増える
また、弊社が全国の医療機関で行った患者アンケートの結果から、フリーコメントに記載してある内容をジャンルごとに分類したところ、次のグラフのようになりました。(図2)
フリーコメントの約6割が医師やスタッフの接遇や説明に関する内容でした。驚くのが、内75%はポジティブなコメントであること。
つまり、医師やスタッフの接遇が良いと、わざわざ書く必要のないフリーコメント欄に感謝の意を書い てくれるほど、好印象を与えることができるのです。
医師・スタッフの接遇が悪ければ、患者は医療機関を変えようとすること、逆に良ければ、好印象を与えることを考えると、医療においても接遇は非常に重要な課題であることがよくわかるかと思います。
医療人は“接遇のプロ”ではなく“医療のプロ”である
医療機関で求められる接遇とは何かを考える前に、他 の業界の接遇を考えてみたいと思います。
接遇が重要視され、一定基準を上回る接遇を当然の 如く提供する業種・職種といえば、キャビンアテンダント(以下、CA)、ホテルマン、飲食店(特に高級店)が思い浮かびます。
こういった業界では、新入社員研修で徹底的に接遇の基礎を叩き込まれます。
しかし、これらの業界で共通するのは、高いサービスレベルの対価として高額なサービス料をいただいているということ。
そのため、ある程度客層も限定され、客側も質の高い接遇を求めています。つまり、彼らは「お客様に快適な空間を提供する」という“接遇のプロ”なのです。
では、医療ではどうかというと、まず客層(患者層)の限定は難しく、万人に対して医療サービスを提供しなければなりません。
さらに、医療従事者は、あくまでも“医療のプロ”であるべきであり、医療における接遇は、CAや ホテルマンの提供するそれとは、性質が異なると言えます。
高い接遇を意識した結果の落とし穴
では、医療のようにあらゆる人にサービスを提供し、かつ接遇に厳しい職業はあるでしょうか。
携帯電話ショップ(主にキャリアショップ)の店員が近いのではないかと思います。
医療と同様に老若男女、幅広い世代を相手にするサービス業ですが、窓口スタッフは、制服を統一するなど、CAやホテルマンのような高いレベルの接遇を意識していることがわかります。
今や誰しもがスマホ等の携帯電話を持っており、数年に一度は、キャリアショップに足を運びます。普段、ほとんどパソコンに触れない層にも、契約内容から、機器の故障対応まで、理解してもらえるよう対応していく必要があります。
当社スタッフの中に、元キャリアショップ店員がいます。
入社時には、正しい日本語の使い方からお辞儀の角度に至るまで、高度な接遇研修を受け、徹底的に教育されるそうです。にも関わらず、非常にクレームが多い業界だということ。
この話を聞いて、確かに、携帯電話が使用できないイライラを、ショップ店員にぶつける客を見かけることはよくあるなと感じました。これは、携帯電話サービスの付加価値として高いレベルの接遇を目指した結果の落とし穴ではないか、と感じます。
客と企業はどのような関係性が理想なのか
それでは、企業(医療機関)と客(患者)の関係性はどうあるべきなのでしょうか。
この話の流れで、Appleのジーアニアスバーが思い浮かびました。
ジーニアスバーとは、iPhone等のハードウェ アの修理が必要になった際の技術的なサポートをしてくれる店舗です。
そのスタッフは、機器のトラブル状況をヒアリングし、修理や機器の交換対応を行うという面では、キャリアショップ店員と同じように思えます。
しかし、ジーニアスバーでは、あまりクレームを入れる人を見たことがありません。スタッフは、Tシャツにチノパンのよ うなラフな格好で、茶髪だったり、髭を生やしていたりもします。彼らはとても親切ですが、CAのように振る舞うキャリ アショプ店員と比べ、それ以上の接遇を提供しているとは言い難いでしょう。
対等な関係であれば感謝が生まれる
では、何が違うのか。
それは、客と店側(大きく言えば 企業)との関係性に起因すると考えます。
誰もが、ジーニアスバーのスタッフは、Apple製品の技術的なプロであり、自分以上の知見を持っている人達だと認識しています。だからこそ「彼らがダメといえば、ダメなのだろう」と諦めもつくし、直してもらえれば「ありがとう」と思える。
ジーニアスバーのスタッフと客の関係は対等なのです。
客が上、企業が下の上下関係ではクレームが発生しやすくなる
一方で、キャリアショップ店員は、高いレベルでの接遇を目指すあまり、携帯電話サービスのプロというよりは、“接遇のプロ”のように見られがちです。
スタッフの意識と行動が、客が上、店員は下というような上下関係をつくってしま い、その結果、客側の「無理も押し通せば」という傲慢さ、しいてはクレームへとつながるのではないかと推察します。
ジーニアスバーのスタッフはApple製品の技術的なプロ、キャリアショップスタッフは接遇のプロという企業側の演出こそが、スタッフと客の関係性につながっていると考えます。
医療機関に求められる接遇とは
患者は医療機関のスタッフにCAのような接遇を求めてはいない
医療機関の経営が厳しさを増す中、医療機関においても「患者様はお客様」というような考え方が広まってきています。
しかし、前述のとおり医療従事者は“医療のプロ”であるべき方々です。
冒頭でも触れましたが、最近、元CAなどの接遇講師を招き、CAと同等の高いレベルの接遇研修を行う医療機関が増えています。
特に病院ではその傾向が強く、病院事務長を対象に行った調査では、患者満足度向上のための施策として、約6割の病院が接遇研修を行ったことがあると回答しました。(図3)
しかし、増患対策としては、接遇研修はあまり有効ではなかったというコメントも見られ、医療機関に対して患者はそこまで高いレベルの接遇を望んでいないということがわかります。
医療における接遇で求められるのは「人としての最低限のマナー」です。
先に紹介した医療機関での患者アンケートで、ネガティブなフリーコメントの中に「診察の際に、医師がパソコンの画面を見てばかりで、患者である私を一切見ようとしな い」という内容がいくつか見られました。
「医師の対応・ 態度が不快」というスイッチング理由は、紐解けば、こういった最低限のマナーすら守れていないケースがほとんどなのです。
患者にはご近所さんのように節度をもって接する
自分たちが“プロ”であるという意識は、プロではない相手を下に見るという意識につながることがあります。
“医療のプロ”の中にも、挨拶をしない、患者の顔を見ずに話す、敬語を使わずに話すなど、普通に考えれば、 初めて会った人に対しては決してしないような態度で、患者に接する方が時々います。
無意識にせよ、こういった態度は、患者を萎縮させ、質問できない雰囲気をつくり出します。
患者が不安を解消できぬまま帰路につけば不満につながるでしょう。これは、前述のキャリアショップとは逆の上下関係ができてしまっています。
一方、ジーニアスバースタッフは技術的なプロですが、決して客を下には見ません。あくまでも対等な関係を築こうとしてくれます。
だからこそ、知識のない客側も臆することなく質問ができます。会話のキャッチボールをすることで、スタッフもより精度の高いヒアリングができ、客の課題に満足のいく解決策を提示できるのでしょう。
彼らの対応は、友達ほど馴れ馴れしくはなく、あくまでも 節度は守ってくれます。それは、まるで、自分の家の“ご近所さん”に接するような態度です。
医療機関における接遇も、ここを目指すべきではないでしょうか。
患者=お客様ではなく、患者=隣人として接することを提言したいと思います。
医療接遇には、不安を和らげるためにチーム力が求められる
医療機関が患者に対する接遇面で、もっとも気をつけるべきポイントは、ただ一つ「不安を和らげること」です。
人は、どんな領域であれ、自分より知見のある人と話をするとき、多少なりとも緊張するものですが、特に医療という分野ではその傾向が顕著です。
患者は、貴院の玄関を入ったときから、不安を覚えているということをまずご理解ください。
不安を取り除くためのポイントは次のとおりです。
患者の話を聞いたり、説明したりするのは時間がかか るのも事実です。
短い時間の中で診察の効率性も求められますので、医師が診察時間にすべて対応するのではなく、診察前の予備問診を受付スタッフが行う、診察後のフォロー説明を看護師が行うなど、チームで対応できるようにするのが良いと思います。